真実と幸せ軸
自分よりいくらか年齢が上の人たちと
お酒を交えて話す機会があった。
それぞれのこれまでの仕事とか恋愛とか
そんな話をした。
私の中でスーパーマンみたいに思ってる大先輩が壁にぶち当たってると聞いて、驚きを隠せなかったりもした、そんな時間。
その時に言われて1番残った言葉をタイトルに
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言うなら自分が幸せになれるかどうかの選択をしていくといいよ、といったアドバイスをもらった。その場にいた自分ともう1人に向けて。
ふむふむ。
引き合いに出した言葉がなぜ「真実」なのか
上手く説明はできないけれど、真実は良いものであり、時に突き詰めすぎると自分で自分を苦しめるものになり得ると学んだから。
完全に真実軸でこれまでやってきたなと思った。
これからもそのやり方はなかなか変えられないだろうけど、幸せ軸の割合をもう少し増やしてみても良いのかな。
こうしたら自分が幸せかとか、この人と居たら自分が幸せかとか、ちゃんと考えよって思った。
そうして自分が身を置いた環境で、そこの人たちの幸せに繋がる働きかけをしたいな。
それで良いんだって思った。
大きなベクトルで考えたら、結構単純なことなのかもね。
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これを聞いた後に、長年の友達と居る時の自分を思えば、きっと居心地の良い自分はこれなんだなって気づいた。
連絡もまめに返さない上にスタンプ1個で返したりするし、連絡取りながら寝てたりするし、その日の気分で話をする。
根っこがちゃらんぽらんってのは間違ってないかもなと思った。笑
それで居ても笑ってほんとくずーって言ってくれるのがありがたいし、あたしも相手にそんな感じ。 良い関係性だなぁと思う。
そういう時間があたしにとっての幸せなのかも知れないと思った。
良い人にならんでいいから、幸せな感じをまとった人になろうと思った。
優しくなりたいと思った時と似てる。
仲良しの友達に教えてもらったマイメロ精神、ちょっと取り入れようかな。
「難しいことはわかんないし、苺食べたいです。」
なんてね。
2018.8.4 maru